2008年03月18日

新連載「りそめぐ2008冬 人命の重さと意味を考える」のお知らせ

 みなさん、おはようございます。
 ブログ「MEGU」で、3月20日(木)から新連載を開始します。
 本連載は、1月18日に埼玉県東北部の埼玉りそな銀行5店舗をハシゴした体験記です。今回は400字詰原稿用紙で60枚程度、11回とコンパクトな連載で、あとがきも含め3月一杯で完結します。
 例によって、1日1本のペースでダラダラと掲載していきます。多少の脱線もありますが、最後までお付き合いいただけましたら幸いです。

りそめぐ2008冬 人命の重さと意味を考える

 新連載「りそめぐ2008冬 人命の重さと意味を考える」のお知らせ(2008.03.18)

 2008.01.18(金)
  1 プロローグ 人命の重さと意味を考える
  2 久喜支店
  3 久喜支店のルーツを探る
  4 久喜駅前出張所とサリアビル
  5 久喜から動物公園へ
  6 宮代支店
  7 杉戸支店
  8 拓銀杉戸支店のこと
  9 幸手支店
  10 とても長かった2駅
  11 栗橋支店、そしてテラへ
 あとがき
(タイトルは仮題です)
posted by 為栗 裕雅 at 23:59| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 告知板 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月05日

連載「りそめぐ2007秋 『埼玉県民の日』に埼玉県内をめぐる」のお知らせ

 みなさん、こんにちは。
 ブログ「MEGU」で、1月18日(金)から連載をしています。
 今回は、11月14日の「埼玉県民の日」に、埼玉県西部〜北部を中心にりそな・埼玉りそな銀行の15店舗をハシゴした体験記です。本当はきり良く14日から始められればよかったのですが、予想外に難渋してしまいました。
 分量は400字詰原稿用紙で150枚程度。例によって、1日1本のペースでダラダラと掲載していきます。お付き合いいただけましたら幸いです。

りそめぐ2007秋 「埼玉県民の日」に埼玉県内をめぐる

 新連載「りそめぐ2007秋 『埼玉県民の日』に埼玉県内をめぐる」のお知らせ(2008.01.15)

2007.11.14(水)
−2 プロローグ「県民の日」とは何か
−1 めぐの計画を立てる
 0 日没と小鹿野をめぐる難問
 1 急遽、東京都で1か所増やす
 2 東村山市とりそな銀行
 3 さらば東村山、おはよう所沢
 4 タワービルが林立する所沢旧市街
 5 りそなグループと所沢市との関係
 6 一大痛恨事発生
 7 ショックの中、小手指支店へ
 8 区画整理の進む武蔵藤沢
 9 9時、入間支店に入る
 10 かつて入間市に「道徳銀行」ありき
 11 一か八かの大勝負
 12 とりあえず取ったものの…
 13 リカバー成功
 14 我が取引店、飯能支店へ
 15 西武池袋線が「西武線」になった理由
 16 満州と放出
 17 せわしない食事を終えて
 18 秩父支店を再訪
 19 小鹿野への道
 20 小鹿野支店を再訪
 21 小鹿野に未練を残しつつ
 22 山間部であえぐ(?)皆野支店
 23 荒川に沿って平野に出る道
 24 変わりがたきものを変える、ということについて思いつつ
 25 静謐な城下町・行田へ
 26 キャバクラ、ファミレス、そして銀行
 27 経済の中心地だった忍
 28 『田舎教師』のふるさとを行く
 29 いよいよ最終目標へ
 30 さらに熊谷市へ向かう
 31 熊谷支店制覇、15店の制覇完了
 あとがき
posted by 為栗 裕雅 at 14:28| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 告知板 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月03日

ブログ内での記事再編について

 私は、公表していないものも含め、ブログを4つ運用しています。これらはいずれも設置してから相当の年月が経過したため、ブログのコンセプトと記事内容とがマッチしていないものが見受けられるようになりました。
 そこで、新年を機に、これら複数のブログ内で記事の再編を行うことにいたしました。

 第1弾として、「遊牧民のゴタク」に掲載されている「第四めぐ2005」のカテゴリを、まるまる「MEGU」に移動します(「MEGU」でのカテゴリ名称は「第四めぐ 2005年」とします)。2005年に新潟県内で第四銀行の店舗をハシゴした体験記で、「MEGU」の設置以前に掲載したものですが、「遊牧民のゴタク」は個人的エッセイに特化するつもりのため、今回移動させます。
 移動には数日かかる見込みです。ただ移動するだけでは面白くないので、道中撮影した写真をわずかですが追加します。これを機会に再読いただければ幸いです。

 これ以外のいくつかについては、内緒で動かします(^^;)

【2008.09.15追記】「第四めぐ2005」の記事移動が完了しましたので、移転告知の記事1本を残してカテゴリ内の全ての記事を削除しました。移動先はこちらです
posted by 為栗 裕雅 at 17:52| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 告知板 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月31日

謹賀新年2008

 まだ2時間半ほど早いですが、フライングで「あけましておめでとうございます」。
 為栗裕雅および「遊牧民の窓」を、2008年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 ブログに記事を書いている余裕があまりないので、とりあえず生存のご報告です。ほなさいなら。
posted by 為栗 裕雅 at 21:30| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月11日

うん子、おしっ子、ちん子…

 扇情的な(?)タイトルを掲げました。まずは以下の新聞記事をお読み下さい。

20071011-1.jpg

 世も末だと思います。もちろん、学校だよりに「うん子」と書いた校長が、ではなく、こんな下らないことで盛り上がっている神奈川県が、です。

 こうしたことに目くじらを立てるのを、揚げ足取りといいます。神奈川県で教育に携わる人たちは、子どもが挨拶一つできないことに問題意識を感じていないのでしょうか。
 私は、神奈川県内の学習塾で講師をして生計を立てていたことがあります。授業は会社の方針で「気をつけ」「礼」で始めることになっていましたが、私は少しでもおろそかにする生徒がいれば何度でもやり直しをさせました。たとえ授業時間が削られることになってもです。挨拶はそれだけ大事なことだと思いますし、幼少期にきちんと身につけていないと大人になってからでは習慣になりません。民間でもこの程度の問題意識は持っています。
 「挨拶は大切だ」という真理すら、今の日本社会ではコンセンサスになっていないのです。このことに戦慄を覚えます。

 本件を伝えた複数の新聞記事を読む限り、校長の文で本当に言いたいことは「挨拶の大切さ」ということに尽きると思います。言葉尻だけを拾って「うん子」「どついたろか」を問題にするというのは、どういう背景があるのでしょうか。「どついたろか」にしたって、「という気持ちになってしまいます」ですから、実際に「どつく」わけではないのです。
 しかも、横浜市議会はそんなにヒマなんでしょうか。「決算特別委員会」だそうですから、他に大きな議題があったはずです。それでも「そのとおり、挨拶は大切だ」という形でこの学校だよりを取り上げたなら、まだ救いがあったと思います。これでは「ためにする」批判にしかなりません。
 おそらく、色々と政治的な背景があるのでしょう。想像するに、本件を追及した議員が公明党だったことからして、この校長は共産党系ではないでしょうか。それ以外に、こんな些細なことが議会で槍玉に挙げられる理由は思いつきません。(仮定が当たっていれば、それゆえにこの校長は迂闊だったと思いますが、脇に置きます。)

 もう一つ。子どもだけでなく、議員も子どもの親も、知的水準が下がってきていると思います。これも塾時代の経験ですが、授業でわざと幼児語を使った時、成績上位のクラスではこれが冗談だとまだわかってくれますが、下位クラスで「変な言葉遣いをしないで欲しい」と真面目に抗議されて唖然としたことがあります。冗談が通じない、レトリックが通じない…。言葉遊びは一定の知的水準がないと無理なんでちゅね。

 校長が共産党系と決まったわけではないのですが、一応お断り。私は、中学時代に個人的に発行していた新聞で、地元の自衛隊駐屯地で行われた「自衛隊まつり」を好意的に取り上げたことを契機に、共産党員の教師から徹底的にいびられた過去があります。従って共産党に対しては嫌悪感を持っているのですが、本件は是々非々という観点から擁護しました。

 ま、俺もあと20年くらいでこの世からおさらばさ。ほなさいなら。
posted by 為栗 裕雅 at 18:27| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月25日

50歳前後の女性が必ずなる「ある状態」、そのとき周囲は

 仕事場の友人で、10歳年上の女性がいます。
 人生経験が豊富で、話題が豊富。しかも頭が切れる。難しい悩み事など、論理を駆使して男の私よりも鮮やかに解決してしまいます。そのうえ、女性としては繊細なメンタリティと大胆な気配り。タバコを吸うのが欠点ですが、私にとって数少ない「尊敬できる女性」の一人です。
 以上は1年前の記述。この1年、特にここ数か月の間に、この人は劇的に変貌してしまいました。メンタリティは繊細だったのが病弱のようになり、行動からは気配りが薄れてカラ元気的な大胆さが目につくようになりました。会話は喜怒哀楽、特に怒と哀が増幅されている感じ。肉体的には疲労感が強まっているようです。タバコだけは相変わらずパカパカ吸っています。
 私のやっている仕事について、些細なことを繰り返し指摘してきます。それを評して、彼女の同居人(私の仕事上のパートナーで、彼女のツバメのような人)に「最近小うるさいんだよね」と愚痴ったところ、同居人はそれを彼女にそっくり伝えてしまい「人を粗探ししてるみたいな言い方して」と言って泣かれて往生したと言っていました。「小うるさい」という感想を撤回はしませんが、反応が激しすぎるので困惑しています。彼女が「泣いた」!? 超びっくり。外見はどう見ても「ガハハおばさん」なのに。

 50歳前後の女性なら誰でもこういう状態になるようですので、あえて症状の「名前」は書きません。ただ、この人より年が若く、かつ性別も異にする私にとって、相当こたえる状況であるのは間違いありません。
 先日、ついにこの人と喧嘩してしまいました。その後彼女は私を意図的に避けているようです。そういう人と顔を合わせるのは正直たまらんのですが、だからと言ってバッサリ切り捨てようとは思わないので困っています。

 彼女にどう接したらよいか悩んだので、この症状の「名前」(漢字5文字)でネット検索してみました。この年代の女性本人に向けたサイトはたくさん引っかかってきますが、こういう女性を抱えた「周囲」に向けてのサイトはないようです。
 上記のサイトを総合すると、産婦人科の治療を受ければ症状は軽減されるようです。しかし、彼女は医者嫌いなので、まず医者にはかからないでしょう。

 というわけで、私としてはそっとしておく以外にないようです。
 本人が一番つらいんだろうとは思いますが、周りだってつらいんだよ。

 ほなさいなら。
posted by 為栗 裕雅 at 18:48| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月21日

ユーモアとおちゃらけ

 奉公先で毎日新聞をとっているので、ときどき目を通すことがあります。今朝、呆れた投書を見つけたのでご紹介します。

20070921-1.jpg

 私、これを読んでいて怒りを覚えたんですが。もちろん「ユーモアの通じない」長津田の駅員に、ではなく、文の筆者にです。

 まず、大前提の確認。乗り越しただけでなく、その駅で改札まで出てしまったのなら、目的地には改めて切符を買い直して【注】向かうのが普通だと思います(改札を出ていなければ勝手に戻ればいいと思いますが)。まあ、切符を買い直すのがもったいないと思う価値観もあるでしょうから、そこは問題にしません。しかし、改札を出るまで気づかないというのは相当に頓馬じゃないでしょうか。私は長津田も中山も降りたことがありますが、両駅の構造は全然違いますよ。改札出るまで気づかないものなんですかね。この頓馬ぶりに少々腹が立ちました。
 こういう人を再び改札内に入れて長津田に戻らせてあげるんですから、中山のこの駅員は親切な人だと思います。

 本題に入ります。
 この筆者、中山駅から電話した駅員が「50代ぐらいのきれいな女性」と言ったからといって、長津田駅で名乗るのに「先ほど電話があった50代のきれいな女性2人です」と言ったんだそうです。しかも、どうやら「ユーモア」のつもりらしい。
 開いた口がふさがらないとは正にこのことです。この筆者はユーモアがあるのではなく、単におちゃらけているだけに過ぎません。なぜか。ここで筆者は、JRの駅員に自分のミスの尻拭いをさせている状況だからです。乗り越したという自分のミスをフォローしてもらうんですから、平身低頭とは言わないまでも、申し訳なさそうな態度を取るのがここでは求められていたと思います。「ユーモア」なんて、使う立場じゃないってことです。
 実際、この文の筆者は、中山駅では謙虚な態度で駅員に接したのでしょう。それに対して、駅員が緊張をほぐす意味でユーモアのある応対をしたんだと思います(こちらは本当にユーモアのある応対だったと私も思います)。
 それをどう解釈したのか、いい気分で長津田駅に行って、こんなアホなことを言ったから、長津田の駅員はムッとしたんでしょう。駅員にユーモアがないんじゃなくて、筆者に常識がないんだと思います。(但し、長津田の駅員にも、接客業なんだからマイナスの感情をあまり表に出さないほうがいいわよ、とは指摘しておきます。)

 こんなこと新聞に投書されて、職場の朝礼などでややこしいことになってなければいいですけどね。

 結論。
(1)無賃送還とユーモアの2点において、中山の駅員は偉かった。
(2)長津田の駅員がムッとするのも無理はない。
(3)投書人に常識がないんだと思います。駅員にユーモアがないのではなく。

 ほなさいなら。


【注】「スイカだ」とか揚げ足取らないで下さいね。
posted by 為栗 裕雅 at 15:55| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月10日

「脂の乗った」果物

 お久しぶりです。時の経つのは本当に早いですね。
 今月末には早いもので親父の一周忌になります。

 今日、山手線に乗っていて、ドア上の液晶テレビでクイズをやっているのを見ました。ビールもどき(正確には「その他の醸造酒(発泡性)」)の広告です。
 3択で、こういう問題が出ました。「富山県の方言で『きときと』ってどういう意味?」
 選択肢のうち一つは「脂の乗った」、もう一つは「新鮮な」でした。もう一つは忘れました。
 富山県人ではないので、もちろん知りません。そこへ、こういうヒントが出ました。
 「きときとな果物が好き」

 私はこれを見て、正解は「脂の乗った」であると信じて疑いませんでした。だって、どう考えてもアボカドのことでしょ。
 それに「新鮮な果物が好き」って、おかしいと思います。新鮮ならどんな果物でもいいんですか。私はキウイフルーツとレモンについては、別に新鮮だからといって好きではありません(新鮮じゃないのはもちろん論外ですけど)。あ、アボカドも好きじゃありません。

 正解は「新鮮な」なんだそうです。
 このヒント、間違ってる。ヒントとして「果物」を使うなら、好き嫌いじゃなくて適不適でやるべきです。たとえば「果物はきときとでないとお腹こわすよ」とか(富山弁として正しいかどうかは知りませんが)。
 篠沢教授に1000点賭けてハズしたような絶望感がしました。ほなさいなら。
posted by 為栗 裕雅 at 22:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月21日

高速の料金所で立ち往生を強いられた話

 今日の夕方、高速道路を使いました。
 私は車を持っていませんが、レンタカーを借りると必ずと言っていいほど高速に乗りますので、ETCのカードを持っています。今回も当然、ETCのカードを車載機にセットしていました。
 料金所のETC専用ゲートを、私の車を含めて4台が連続で通りました。先頭の2台が通り抜けて、3台目。あれ、止まっちゃったよ。前方のゲートが開きません。
 しばらくすると、前の車の運転者が降りてきました。どうやら、車にETCをつけていないのに、間違えてETCレーンに入ったようです。こういう場合、レーンの奥のほうに通行券の発券機があって、それを取ってくればゲートが開くようです。
 こうして、3台目の車は走り去りました。レーン入口の上部にある「ETC専用」の巨大な紫色の表示を見落としたアホのせいで、ETCカードをちゃんとセットしていた4台目の車は、3台目が走り去るまで立ち往生を強いられたのでした。

 ちゃんと見とけアホンダラ。21日夕方6時頃、横浜横須賀道路衣笠インターでの話です。
posted by 為栗 裕雅 at 20:25| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月05日

ガスパールとリサ

 ここ1年ほど、夜なべ仕事を続けております。今日も、仕事から朝7時に帰りました。
 腹が減ったので、食い物を買いに駅前のスーパーに行ってきました。スーパーはさっき開店したばかりです。
 パン売り場を歩いていて、某製パン会社のキャンペーンが目に留まりました。「リサとガスパールのおかいものエコバッグプレゼント」。
 フランスの絵本シリーズであるこのキャラクターは、ウサギとも犬ともつかない耳の長い謎の動物が主人公。青いマフラーをした男の子「ガスパール」と、赤いマフラーをした女の子「リサ」の物語で、日本語版の第1号は2000年9月刊行と、意外に新しい作品です。私がこのキャラを知ったのは、仕事場で一緒の女の子が入れ込んでいたためですが、私もパッと見て好きなキャラの一つになりました。公式サイト

 この「リサとガスパール」という邦題。私は非常に不満です。原題は「Gaspard et Lisa」、つまり「ガスパールとリサ」なのですが(et=英語のand)、どうして日本に輸入するときに意味もなくひっくり返したんでしょうか。
 いや、「意味もなく」ではないでしょう。「男権論者」の私の嗅覚は、日本で売り出す際に、主要顧客と想定される女性の側に安直に媚びたのだ、と読み取りました。
 この邦題をつけたコピーライター(?)は、「男が先・女が後」という序列はジェンダーフリーに反する、とでも言いたいのでしょう。であるならば、キャラクターのマフラーの色にも注目したらどうなんですかね。女の子のリサが赤で、男の子のガスパールが青ですよ。色彩によるレッテル貼りそのまんまじゃないですか。こういうところを放置しておいて、タイトルだけいじるというのは、いかがなものなんですかね。だから「安直」だというんです。
 作品としては大好きなのに、こういう安直なことをやられると、素直に応援できません。非常に残念です。
posted by 為栗 裕雅 at 10:12| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
記事一覧(最新の20本)