2011年08月05日

鳥取と島根には大きな違いがある

 8月3・4日に金沢→福井→鳥取→松江とハシゴして、今朝帰って来ました。
 先月中旬から仕事の勤務日を減らしてもらったので、その分時間に余裕ができました。というわけで、これまでの欲求不満を一気に晴らすかのように、遠出しまくっております。といっても、ある目的からいろんな場所を駆け足でハシゴしているだけで、相変わらず観光とは程遠いです。金沢には複数回行っているのに兼六園には1回も行ったことはないし、鳥取砂丘も小泉八雲記念館も同様です。いつか行ってみたいとは思っていますが。

 さて、「山陰」という言葉でひとくくりにされてしまいがちな鳥取県と島根県ですが、今回ある点でカラーがくっきり異なると感じました。何かというと、「東京」という単語に対しての感受性です。
 内容は伏せますが、銀行窓口での応対が鳥取と島根では全然違ったのです。今回は銀行の本店営業部にばかり行きましたが、現住所が東京都内であることを示した時に、鳥取以東と島根(松江)では反応が違いました。松江A行の窓口では「東京在住」という言葉を耳にしただけで役席者が後ろからすっ飛んできましたし、B行では書類を受け取ったテラーの女性が後方に相談に行きました。そしてどちらも私の要求は充たされませんでした。なお、鳥取以東では、テラーさんと話をするだけで役席と絡む局面はなく、もちろん私の求めることは達成されました(用事が済んだ後で役席さんが挨拶に出てきたことはありましたが)。これは何を意味するのか。
 私の用事がまだらに達成されたのなら単なる偶然でしょうが、鳥取までの行程で私の要求は100%充たされています。それが松江で一気に全面拒絶。私が思うに、これは「東京」という言葉への感受性ではないでしょうか。鳥取では東京はさほど遠い場所とも思われないが、島根でははるか遠い場所に感じられる。「東京」という言葉にビビッてしまったから、役席が飛んできたし、テラーが奥に相談に行ったわけです。
 同じようなことは、山陽側でも起こると想像します。鳥取・島根の例を敷衍すると、距離的には岡山−広島県境がボーダーになるでしょうが、山陽側ではもう少し遠くに延びるかもしれません。四国でいうと、東半分と西半分では違うかもしれません。東北にももちろんあるでしょうね。
 JR山陰本線で行くと、米子を出て間もなく県境を越えますが、短いトンネルがあるだけであっけないものです。そこが、こういう境界線になっている。松江2行での用事が達成されなかったのは残念でしたが、こういう認識を得ることができたのは収穫だったと思います。

 ほなさいなら。
posted by 為栗 裕雅 at 18:44| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
記事一覧(最新の20本)