2007年09月25日

50歳前後の女性が必ずなる「ある状態」、そのとき周囲は

 仕事場の友人で、10歳年上の女性がいます。
 人生経験が豊富で、話題が豊富。しかも頭が切れる。難しい悩み事など、論理を駆使して男の私よりも鮮やかに解決してしまいます。そのうえ、女性としては繊細なメンタリティと大胆な気配り。タバコを吸うのが欠点ですが、私にとって数少ない「尊敬できる女性」の一人です。
 以上は1年前の記述。この1年、特にここ数か月の間に、この人は劇的に変貌してしまいました。メンタリティは繊細だったのが病弱のようになり、行動からは気配りが薄れてカラ元気的な大胆さが目につくようになりました。会話は喜怒哀楽、特に怒と哀が増幅されている感じ。肉体的には疲労感が強まっているようです。タバコだけは相変わらずパカパカ吸っています。
 私のやっている仕事について、些細なことを繰り返し指摘してきます。それを評して、彼女の同居人(私の仕事上のパートナーで、彼女のツバメのような人)に「最近小うるさいんだよね」と愚痴ったところ、同居人はそれを彼女にそっくり伝えてしまい「人を粗探ししてるみたいな言い方して」と言って泣かれて往生したと言っていました。「小うるさい」という感想を撤回はしませんが、反応が激しすぎるので困惑しています。彼女が「泣いた」!? 超びっくり。外見はどう見ても「ガハハおばさん」なのに。

 50歳前後の女性なら誰でもこういう状態になるようですので、あえて症状の「名前」は書きません。ただ、この人より年が若く、かつ性別も異にする私にとって、相当こたえる状況であるのは間違いありません。
 先日、ついにこの人と喧嘩してしまいました。その後彼女は私を意図的に避けているようです。そういう人と顔を合わせるのは正直たまらんのですが、だからと言ってバッサリ切り捨てようとは思わないので困っています。

 彼女にどう接したらよいか悩んだので、この症状の「名前」(漢字5文字)でネット検索してみました。この年代の女性本人に向けたサイトはたくさん引っかかってきますが、こういう女性を抱えた「周囲」に向けてのサイトはないようです。
 上記のサイトを総合すると、産婦人科の治療を受ければ症状は軽減されるようです。しかし、彼女は医者嫌いなので、まず医者にはかからないでしょう。

 というわけで、私としてはそっとしておく以外にないようです。
 本人が一番つらいんだろうとは思いますが、周りだってつらいんだよ。

 ほなさいなら。
posted by 為栗 裕雅 at 18:48| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月21日

ユーモアとおちゃらけ

 奉公先で毎日新聞をとっているので、ときどき目を通すことがあります。今朝、呆れた投書を見つけたのでご紹介します。

20070921-1.jpg

 私、これを読んでいて怒りを覚えたんですが。もちろん「ユーモアの通じない」長津田の駅員に、ではなく、文の筆者にです。

 まず、大前提の確認。乗り越しただけでなく、その駅で改札まで出てしまったのなら、目的地には改めて切符を買い直して【注】向かうのが普通だと思います(改札を出ていなければ勝手に戻ればいいと思いますが)。まあ、切符を買い直すのがもったいないと思う価値観もあるでしょうから、そこは問題にしません。しかし、改札を出るまで気づかないというのは相当に頓馬じゃないでしょうか。私は長津田も中山も降りたことがありますが、両駅の構造は全然違いますよ。改札出るまで気づかないものなんですかね。この頓馬ぶりに少々腹が立ちました。
 こういう人を再び改札内に入れて長津田に戻らせてあげるんですから、中山のこの駅員は親切な人だと思います。

 本題に入ります。
 この筆者、中山駅から電話した駅員が「50代ぐらいのきれいな女性」と言ったからといって、長津田駅で名乗るのに「先ほど電話があった50代のきれいな女性2人です」と言ったんだそうです。しかも、どうやら「ユーモア」のつもりらしい。
 開いた口がふさがらないとは正にこのことです。この筆者はユーモアがあるのではなく、単におちゃらけているだけに過ぎません。なぜか。ここで筆者は、JRの駅員に自分のミスの尻拭いをさせている状況だからです。乗り越したという自分のミスをフォローしてもらうんですから、平身低頭とは言わないまでも、申し訳なさそうな態度を取るのがここでは求められていたと思います。「ユーモア」なんて、使う立場じゃないってことです。
 実際、この文の筆者は、中山駅では謙虚な態度で駅員に接したのでしょう。それに対して、駅員が緊張をほぐす意味でユーモアのある応対をしたんだと思います(こちらは本当にユーモアのある応対だったと私も思います)。
 それをどう解釈したのか、いい気分で長津田駅に行って、こんなアホなことを言ったから、長津田の駅員はムッとしたんでしょう。駅員にユーモアがないんじゃなくて、筆者に常識がないんだと思います。(但し、長津田の駅員にも、接客業なんだからマイナスの感情をあまり表に出さないほうがいいわよ、とは指摘しておきます。)

 こんなこと新聞に投書されて、職場の朝礼などでややこしいことになってなければいいですけどね。

 結論。
(1)無賃送還とユーモアの2点において、中山の駅員は偉かった。
(2)長津田の駅員がムッとするのも無理はない。
(3)投書人に常識がないんだと思います。駅員にユーモアがないのではなく。

 ほなさいなら。


【注】「スイカだ」とか揚げ足取らないで下さいね。
posted by 為栗 裕雅 at 15:55| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月10日

「脂の乗った」果物

 お久しぶりです。時の経つのは本当に早いですね。
 今月末には早いもので親父の一周忌になります。

 今日、山手線に乗っていて、ドア上の液晶テレビでクイズをやっているのを見ました。ビールもどき(正確には「その他の醸造酒(発泡性)」)の広告です。
 3択で、こういう問題が出ました。「富山県の方言で『きときと』ってどういう意味?」
 選択肢のうち一つは「脂の乗った」、もう一つは「新鮮な」でした。もう一つは忘れました。
 富山県人ではないので、もちろん知りません。そこへ、こういうヒントが出ました。
 「きときとな果物が好き」

 私はこれを見て、正解は「脂の乗った」であると信じて疑いませんでした。だって、どう考えてもアボカドのことでしょ。
 それに「新鮮な果物が好き」って、おかしいと思います。新鮮ならどんな果物でもいいんですか。私はキウイフルーツとレモンについては、別に新鮮だからといって好きではありません(新鮮じゃないのはもちろん論外ですけど)。あ、アボカドも好きじゃありません。

 正解は「新鮮な」なんだそうです。
 このヒント、間違ってる。ヒントとして「果物」を使うなら、好き嫌いじゃなくて適不適でやるべきです。たとえば「果物はきときとでないとお腹こわすよ」とか(富山弁として正しいかどうかは知りませんが)。
 篠沢教授に1000点賭けてハズしたような絶望感がしました。ほなさいなら。
posted by 為栗 裕雅 at 22:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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