2006年10月14日

東京にとりあえず帰還

 こんばんにゃ。

 おかげさまで、父の葬儀と告別式、それに初七日繰り上げ法要まで済ませ、もろもろの手続きを半分程度片づけて、田舎から東京に戻ってきました。
 手続関係は、ややこしい相続に関するものを除き、1週間で半分程度済ませました。銀行ウオッチャーの私が、地元トップ地銀の本店に初めて足を踏み入れました。その他、市営斎場や社会保険事務所、税務署、市営墓地公園など、実家のある市では初めて行くところが多く、それなりに新鮮な驚きの連続でした。

 相続関係がややこしいのは、司法書士や税理士と話をしなければならないことの他、「戸籍謄本」という厄介な書類があるためです。父の出身地・本籍地・住民登録地は全部異なるため、結婚して所帯を持つまでの戸籍謄本を、関西の山奥にある某町役場に請求しなければなりません。加えて、本籍地では、戸籍が「平成6年なんとか令」により(調べればわかるのでしょうが面倒くさい!)昨年電子化され、紙ベースの謄本と両方請求しなければならないとか。そんなこんなで、金曜日に本籍地の区役所に出向いたところ、住所地で出した死亡届がまだ本籍地に届いてないそうで、戸籍謄本が発行できないと言われました…。
 並行して、家の大掃除にも駆り出されました。四十九日が済むまで、祭壇を作ってそこに骨壺を仮安置しておかなければならないのですが、それを置く和室がゴミ溜めのような状態だったためです。こちらは母親の妹(つまり叔母)がイニシアチブをとって掃除してくれたのでよかったのですが、そうでなければ母親と二人で収拾つかなくなっているところでした。

 仕事でかかわりのある某プロデューサー氏は、私が田舎で東奔西走しているさなかに暇なメールを送ってきました。昼頃届いたメールに夜中返信したところ、翌朝「返事が遅い」と叱責のメールが飛んできました。何が「仕事の代打は見つけることが可能だが、息子の代打はいない」んでしょうか。東京から通夜に駆けつけてくれたので、少し認識を改めかけていたのですが、元の木阿弥です。
 親父が死んだ私が気晴らしに温泉にでも行っていたと考えているのでしょう。とんでもない誤解です。家から葬式を出すというのは本当に大変なのです。
 もっとも、私もかつてはその程度に気楽に考えていましたので、誤解は責められないのですけれど。かのプロデューサー氏は両親が健在ですし、郷里には実質的に本人の代わりを務めてくれる親族が多くいるようですので、余計にわからないのだと思います。ったくB(ry

 ともあれ、2週間ほど仕事を休みましたので、後の埋め合わせが非常に大変です。サイトの更新もしばらく滞ると思いますが、事情ご賢察いただけますように。

 ほなさいなら。
posted by 為栗 裕雅 at 22:49| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月04日

北朝鮮はやはり「ならず者国家」である

 昨夜(3日)、テレビドラマを見て涙を流してしまいました。これは、父親のXデーが近いという事実を認識して涙腺がもろくなっているせいばかりではないと思います。
 日本テレビの報道特別ドラマスペシャル「再会・横田めぐみさんの真実」。北朝鮮による拉致事件の卑劣さについては、以前佐渡へ行ったとき身にしみて感じていました(当ブログの連載で触れました)。また、かつて塾講師をしていた私は、13歳の少女がいかに幼くて弱い存在かを知っています。
 というわけで私は、連れ去られた少女が船の中で壁を叩いて助けを求めるシーンや、成人してから「赤ちゃんを産んでもお父さんお母さんに見せてあげられないのよ」と言って泣き崩れるシーンなど、涙なしに見ることができませんでした。
 その直後のトップニュースが「北朝鮮、核実験を宣言」というのは、あまりに出来過ぎの観もありますが、他局でもやはりトップニュースでしたから驚くべき偶然なのでしょう。こういう「ならず者国家」は、一刻も早く解体すべきだと思います。

 ほなさいなら。
posted by 為栗 裕雅 at 15:27| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

チチキトク

 父親が危篤になったとの報を受けて、日曜日に急遽帰省しました。只今、郷里に急行する際に借りたレンタカーを返却するため、東京に一時帰宅しています。
 病状は現在のところ小康状態を保っていますが、末期ガンでの入院ですので、いわゆる「Xデー」は近々確実にやってきます。というわけで、仕事をしばらく休んで田舎に滞在することになりました。
 これまで石頭ぶりに泣かされ続けてきた出版の仕事のディレクターが、私の話を聞いて直ちに「仕事の代打は見つけることが可能だが、息子の代打はいない」と言って、締め切りを延ばす算段をしてくれました。氏の意外な柔軟性に驚きつつ、措置には素直に感謝しています。

 日曜の昼に会議がある予定で、その準備に追われていたところ、普段めったに電話などかけてこない母親から携帯に電話がかかってきました。それだけで事態急変があったとわかりましたが、案の定でした。大急ぎで会議出席をキャンセルし、レンタカーを借りて雨の高速道路を飛ばしました。
 病院に着いてみると、父親は呼び掛けに答えられず、酸素マスクをつけてゼーゼーと息をしている状態でした。一時は血圧が70/35まで下がり、いつ心肺停止してもおかしくない状態だったようです。
 現在のところ、病状は小康状態を保っています。一時、上70まで下がった血圧は、昇圧剤の投与により120前後まで上がりました。

 というわけで、当HPでは、今後しばらくの間「為栗ニュース」その他、コンテンツの更新に遅れが出ることが予想されます。事情ご賢察下さい。
 ほなさいなら。

【追記】父は10月5日未明に入院先の病院で他界いたしました。
posted by 為栗 裕雅 at 15:09| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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