2005年11月30日

晩秋の宇治は紅葉が見ごろです

 ちょっと京都に行ってきました。桃山から宇治方面です。
 月曜日、車で宇治川沿いを走りました。宇治市内から天ヶ瀬ダム方向へ走ったのですが、紅葉がきれいでした。これから1週間くらいが最も美しい時期だそうです。
 宇治のほうの山は、日光みたいに山全体が真っ赤になる紅葉ではないようですが、赤、黄色、そして緑の3色が入り混じって秋の青空に映えておりました。心に染み入りました。

 楽しかった…でしょうね。これが火葬場に向かう道筋でなければね。
 宇治市の墓地公園(斎場併設)は、ダムの手前で曲がったところにあります。斎場は「大人の事情」により、人里離れた場所にできることが多いためです。宇治市の斎場も、こういう山奥でなければ作れなかったんですね。

 というわけで、2歳年上の従兄を見送ってきました。柔道をやっていたので頑強な肉体を持っていた人でしたが、斎場から帰るときには直径30cmくらいの白い壷の中に納まっていました。妻と2人の子ども(小2と4歳)が残されました。

 死亡の理由は、バイクでひっくり返ったためということです。運転にはくれぐれもご注意を。
 ほなさいなら。

【追記2点】
posted by 為栗 裕雅 at 20:17| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月27日

訃報というものは…

 数日前に出したブログの記事に「6月に長野県に行った以外には関東地方から離れておりません(泣)」と泣き言を書いたばかりなのですが、今日の新幹線で急遽京都に向かうことになりました。2歳年上の従兄(母方)が急逝したためです。
 いくら関東から離れるといっても、お葬式のために離れるのは気分のいいものではないですね。ついでにどこかに出かけるわけにもいかないし。

 ほなさいなら。
posted by 為栗 裕雅 at 09:54| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月21日

学校が「楽しい」教師は信用できない

 ハードディスクの中を整理していたら、ずいぶん前に書いてそのままになっていた記事が出てきました。内容としてはそのまま使えるものですので、年末の在庫整理の一環(!?)としてUPしておきたいと思います。

2005.04.01
 例によって僻み根性かもしれないが一言書いておこう。
 31歳の女性の作家で、中学の教員と2足のわらじを履いている人がいる。この人が先日(日付忘却)、読売新聞のインタビューで「学校が楽しくて仕方がない」とコメントしていた。そういえば、私がずいぶん前に田舎の公立学校教員の採用試験を受けたときにも、集団面接で「あなたの学校生活とは」という質問に対して「楽しかった」と即答した女性の受験者がいた(槍玉に挙げたのがたまたま2人とも女だが、男であっても同じことだ)。
 私は思うのだが、学校生活が楽しい/楽しかった人に、学校生活というものの何たるかがわかっているのだろうか。
 学校生活。それは、一定の学習内容や社会的規範を教え込むために、家庭生活から公的に強制隔離されて集団で行われるものである。性質上どうしても画一的になり、それはある種の生徒にとっては極楽浄土だろうが、別の種類の生徒にとっては苦痛極まりない地獄となる。そして「学校生活」というものについて、どちらがより本質的な部分を見極めているかは、言うまでもなく後者の恵まれない立場の者である。このことは「果物屋で売ってるバナナ」の寓話で理解される。
  A「僕の幼少期は貧しくてね、バナナなんて食べたこともなかった」
  B「バカだなあ、バナナぐらい、果物屋に行けば売ってるのに」
 貧乏人にはバナナのような安い果物ですら買えないのだ、ということが金持ちには理解できない。大体この世は、金持ちほど金を使わずに済むようにできているのだ。同様に、学校生活が「楽しかった」人に、学校生活が苦痛な人の気持ちは理解できないのである。

 もうおわかりだろうが、私は学校生活が苦痛で苦痛でたまらなかったクチである。といって、尾崎豊のような軟弱な思想にも共感できない。私は、今も盛んに歌われるらしい「卒業」という歌が最も象徴的に嫌いである。夜に学校へ行って窓ガラスを壊して回ることにどれほどの生産的な意味があるのか。反抗のための反抗でしかないではないか。こういう歌に共感できるほどナイーブなら、私はまだ救われていただろう。
posted by 為栗 裕雅 at 09:32| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月12日

「肉増し」のお好み焼き

 今日、昼飯はお好み焼きでした。世田谷区内の某お好み焼き屋での出来事。
 その店は広島風お好み焼きの店でした。広島風らしく焼きそば入りを注文。トッピングもできる店だったので、メニューにはありませんでしたが「肉増しってできますか」と聞いて、できるそうなので豚肉を増量してもらいました。
 注文品が出てきました。コテでざっくりと切って食べ始めます。
 おかしいなー。肉が入っていません。肉増しにしたはずなのに。

 伝票を見ると、そこには「肉なし」と書いてありました…。

 ほなさいなら。
posted by 為栗 裕雅 at 17:25| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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