2005年10月27日

RESONARA

 出版の仕事が先日一区切りついたことはご報告しましたが、別の仕事が今夜宅配便でやって来ます(受け取り済み)。それを待つ間、ヒマなわけでもないのにこんなものを作ってしまいました。「RESONARA」(りそなら)。(IEだと文字が読めるようにならないみたいですので、ファイヤーフォックスか何かでご覧下さい。)

 先日ようやく、奈良銀行とりそな銀行との合併の詳細が発表されました。「あさめぐ」(この呼称は変えないといけませんが)を楽しむ「あさめぐラー」としては、りそな銀行の店舗が増えるということ、イコール「めぐ」の楽しみが増えるということです。
 というわけで、合併によりりそな銀行に増える現奈良銀行の16店舗を、現りそな銀行の8店舗とともに奈良県の地図にプロットしてみました。それがこの「RESONARA」です。処理やデザインが洗練されてないのはご容赦を…。ネーミングも極めて安易です。
 合併後は、新奈良営業部(旧奈良銀行本店)を中心とした「奈良地域」を、この地図の範囲で形成することになります。

 作ってみて感じたのは、奈良県という地域の意外な偏りです。左下の略図【注1】のとおり、本図には奈良県全図の北西側4分の1しか使っていませんが、これで奈良県内の店舗網がすっぽり収まってしまいます。言ってみれば、奈良県はこの部分だけで事実上終わりということ。もちろんこれは、残りの部分の人口が非常に希薄だということです。人口13億人の大半が東側3分の1に張り付く中国に似た状況です。
 ということは、奈良県内で店舗数を増やすのは非常に困難だということです。奈良銀行はりそなグループ入りした時点で25店舗ありました(9店舗閉鎖)。銀行の店舗数としては確かに少ないですが、地図でみると、奈良銀の店舗はほぼ飽和状態で、追加してよいと思える場所は王寺・御所ぐらいしかありません。
 ちなみに、りそなグループ入りしてから閉鎖になった9店舗は、宅地開発された山奥【注2】の1支店を別にすれば、全て奈良市周辺の店舗でした。奈良銀行の前身・三栄相互銀行は戦後発足の相銀で【注3】、戦前の無尽会社を起源とする他の第二地銀より条件が不利でしたから、店舗網拡大の過程では、経営体力に応じて歯を食いしばって拡大してきたことがうかがえます。

 奈良県の県域は中途半端と言えなくもないですが、旧大和国の領域と一致しています。「国」の制度は大化改新のときに制定されたものですが、現在でも「讃岐うどん」などの言い方が死滅せず残っているぐらい、日本人には定着した地域分けです。りそなの支店名にも「河内小阪」「河内松原」「河内千代田」なんて例があります(なぜ河内ばかりなのだろう)。
 現在の奈良県は、明治初期の廃藩置県で一時葬り去られかけた地域でした。廃藩置県はまず3府302県でスタートし、その後の統廃合で現在の形に近づいてきたわけです。この過程で、奈良県は隣の「堺県」(旧和泉国と旧河内国を合わせた地域、県庁堺市)に統合されてしまいます。さらに堺県は大阪府に吸収されましたので、現奈良県はかつて大阪府の一部でした。これを旧大和国だけ分離独立して、現在の奈良県が誕生したのです。
 廃藩置県は旧国と人口規模を基準に行われたので、生駒山地・金剛山地の向こう側と合併させてしまうようなことも平気で行われたんですね。交通機関の発達した現代ならともかく明治初期の話ですから、相当無理があったと思われます。大阪と奈良を結ぶ鉄道(JR関西線、近鉄奈良線)は、地図でみると変なカーブを描いてますが、大阪と奈良を一直線に結ぶと山越えできないためです。生駒・金剛はそのぐらい急峻な山地だということです。この辺の事情は、実際に現地に赴いて(「めぐ」をして)確かめてみて下さい。

 ほな、りそなら。もとい、さいなら。


注、追記など
posted by 為栗 裕雅 at 01:51| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月20日

マーガレット(仮名)を思い出す秋の夜長

 こんばんにゃ。
 つい最近まで、ある仕事の作業と会合が連日続いていました。仕事はまだ終わってはいないのですが、いちおう一区切りになりまして、すっかり脱力しております。
 その仕事のプロデューサーは、「貴乃花親方」みたいな人。つまり、一体どうすりゃアンタは満足するんだと思うほどの文句言いで、会合で顔を合わせた後はドッと疲れが出ます。某日なんか、会合の予定を当日メールで照会したのを「手抜きだ」として、さんざんシボられてしまいました。メールなんかいつ見るかわからん、電話で照会しろと言った筈だ、と。確かに正論ですが、それを夕方の電話で20分、さらに直接会ってから20分、あわせて40分も責められるのは、正直いかがなものかと。同じ話題の繰り返しと過去の話題の蒸し返しが多く、こういうのを「老人の繰言」というわけです。老人と呼ぶにはまだ早い人なのですが。 

 気持ちがどんどんマイナスの方向に向かっていく中で、私はふと、以前勤めていた塾で教えていた女子生徒を思い出していました。退職当時小6だったこの女子生徒に、私はずいぶん厳しく接していました。態度の悪い時に机を叩いて泣かせたり、おかしな言葉遣いをいちいち注意して使わないようにさせたり。とにかく日本的なしつけのまるでできていない子で、目上の大人に向かって「アンタ、××でしょ」とか平気で言ったりしていた子だったので、そのままでは将来が心配だったからです。
 いまの私とプロデューサーとの関係に少し似ているかしら。彼女(仮にマーガレットと呼んでおこう)が当時私にどんな感情を抱いていたか、少しわかったような気がします。

 閑話休題。
 ちょっと前にこういう新聞記事が出ました。日付と地名を伏せて転載します。

中学生姉妹、夜明けのドライブで当て逃げ容疑
 無免許で乗用車を運転し当て逃げしたとして、■■県警■■署は■■県■■市の中学1年の女子生徒(13)を道交法違反(無免許運転、当て逃げ)の疑いで補導し、■■児童相談所に■日通告した。後ろの座席に乗っていた中学3年の姉(14)も同法違反(無免許運転幇助(ほうじょ))の疑いで事情を聴いている。
 調べでは、中1の女子生徒は■日午前7時半ごろ、市内の路上で父親の乗用車を無免許運転。駐車中の車に衝突し、そのまま逃げた疑い。
 姉が「ドライブに行こう」と誘い、同日午前0時過ぎに2人で自宅を出発、■■・■■や■■市中心街などをドライブしたという。
 調べに対し、妹は「以前にも何回か運転したことがある」と話しているという。事故を起こした現場は姉妹の通う中学校の近くで、登校中の生徒の目撃証言から発覚した。
(朝日)

無免許中1女子、姉乗せ当て逃げ 父の車を持ち出す
 無免許で父親の車を持ち出してドライブし、当て逃げをしたとして、■■県警■■署が■■市内の市立中学一年の女子生徒(13)を道路交通法違反の非行事実で児童相談所に通告したことが■日、分かった。女子生徒は「以前から父親の車を運転していた」と話しているという。
 同署は後部座席に乗っていた同じ中学三年の姉(14)からも無免許運転ほう助の疑いで事情を聴く。
 調べでは、女子生徒は■日午前七時半ごろ、■■市▲▲の路上に駐車中の無職男性(23)の車に衝突、逃走した。登校中の同じ中学の生徒が目撃し、中学の教諭が同署に通報した。
 女子生徒らは、別居中の同市内の父親宅で車の鍵を見つけ、■日午前零時半ごろから同市内や■■市方面をドライブした。「途中に何度か民家の壁などにぶつかった」と話しているという。
(日経)


 この姉妹は、マーガレットとその妹ではないだろうか。個人情報はほとんど書かれていませんが、私の直感ではほぼ間違いないと思います。
 記事に出ている■■市▲▲は山の中腹にある団地で、この団地には小中学校とも一つずつあります。この姉妹は、私が退職した時に▲▲小学校の6年と4年でしたから、そのまま▲▲中学校に上がっているはずですし、年齢的にも年数の経過と一致しています。それに…。
 こういう予断は持ってはいけないのでしょうが、この姉妹には、こういう事件を起こしたと聞いて、すぐにピンと来る匂いというか雰囲気がありました。地元には同様に思った人が多いのではないでしょうか。なにしろこの姉妹はある意味「有名人」でしたから。いい意味ではなく。

 但し私の場合は、そういうレッテルを貼って切り捨てようというのではなくて、そういう雰囲気を感じていたからこそ、しがない一人の塾講師として心配していたのです。だから、退職して3年も経つのに未だに思い出したりしていたわけです。

 詳しい事情を書けないので歯がゆいのですが、この姉妹は「日本的」なしつけが欠落した子たちでした。それゆえに私は、勉強面だけでなく生活面で相当に手をかけていました。小3〜4当時のマーガレット(姉)は、目上の大人に向かって「アンタ、××でしょ」とか平気で言っていた子です。それを、おかしな言葉遣いをする度にいちいち注意して、使わないようにさせました。態度の悪い時、机を叩いて泣かせたこともありますし(念のため:1回優しく注意して、指示に従わなかったからです)、とにかくしつけの面では相当厳しく接しましたから、私に対して良い印象は持っていないと思います(あるいは嫌な思い出はさっさと忘れているかもしれません)。

 ただ、日本的なしつけは欠落していましたが、この子たちは、困っている人を自然に助けてあげるような心の優しさも持ち合わせていました。授業で教科書を忘れた生徒にサッと見せてあげるとか。忘れ物や遅刻をした生徒は厳しく叱られるという、私の授業に特有の事情だったかもしれませんが。
 姉妹のそういう美点も見て知っている私としては、この子たちが成長して、こういう事件を起こすほど世間の常識からズレてしまったことに、暗然とした思いでいます。

 新聞記事を読んで、私にとって新たに判明した事実。両親が別居していたということ。私が勤務していた当時は、家庭に電話すると(塾を欠席した時は電話連絡をすることになっていました)母親が出たし、授業が終わると父親が迎えに来ていましたから、数年後に夫婦別居というのは想像していませんでした。
 塾も辞めちゃってたんだろうなあ。まともに塾で勉強していたら、中学生が深夜のドライブなんてできないですよ。眠たくて。

 行動が常識はずれだったこの姉妹に対して、世間の視線はもともと冷たく、唯一防波堤となるはずの家庭は、両親の別居で北風が吹きすさんでいる。淋しかったんだろうと思います。やってしまった行為はきちんと始末しないといけませんが、情状酌量の余地はある子たちだろうと思っています。彼女たちが常識はずれだったのは、常識を身につける機会に恵まれなかったからだと思います。それに、泥棒をするような子たちではない筈ですし(乗り回したのは父親の車ということです)。

 大甘ですかね。というか、補導されたのがマーガレット姉妹と決まったわけではないんですが。
 ほなさいなら。
posted by 為栗 裕雅 at 01:32| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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