2005年06月29日

それにつけても金の欲しさよ

 自宅にこもって生活していると、浮世離れというんでしょうか、だんだんと現実感覚が失われてくる気がします。努めて外出して「社会とのつながり」は切らさないようにしているのですが、それでも、近所のモスバーガーで店員にオーダーしたのがその日唯一の会話、なんてこともあります。

 今日、某所から報酬の振り込み通知が届きました。私のところに来る郵便物は請求書とDMばかりで、嬉しさや楽しさをもたらしてくれる郵便は滅多に届きません。振り込み通知は、そんな中での数少ない「幸福の手紙」と言えるでしょう。
 さっそくネットバンキングで残高照会。

 あれ〜??

 振り込まれていません。

 自分が使ってる口座を全部調べてみましたが…。
 やっぱり振り込まれていません。


 振り込み日は、月末でした。
 ほなさいなら。


<ブツブツ>去年の夏から秋にかけて仕事した分のペイが支払われてないところが1件あるんだよね…。本人は「期待したものが届かない時は催促をして下さい」と言うけど、こんなモン催促されてるようじゃ終わってるんだよね…。メールで「金額についてはお考えがあってのことでしょうからとやかく申し上げません」と書いたのを「金額の不満をレトリックを使って指摘するな」とブチ切れられても困るんだよね…。そのメールのやり取りが4月の末だったんだよね…。不満は鬱積してるけど、それは金額の問題じゃないんだよね…。</ブツブツ>
posted by 為栗 裕雅 at 13:09| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月24日

「いい加減にしろ」はこっちのセリフ

 ほとほと疲れ果てております。例の「プロデューサー」氏には。

 今週頭に、氏からこういうメールが来ました。
関係者全員に、8月中となる旨配信願えませんでしょうか。
文案は予めお見せ頂く必要はありませんが、当方も配信先に必ず含めて下さい。
(文面は実際のメールをもとに為栗が作成。以下同様)(ゴチックは為栗による)

 そこで私は、指示どおり連絡文を作って関係者に同報メールをしたわけです。
 その出来映えが(彼曰く)「あんな文章かいてるようじゃダメだ」ということで、なぜ事前に文案を見せないのか、と大激怒の電話がかかってきました。しかしメールには、上記のゴチックのとおり書いてありました。そこを指摘すると「事前に見せるかどうかを試したんだ」と言ってきました。

 さて22日。私は少し体調を崩したので、氏に見せる提出物の締め切りを延ばすよう依頼しました。
 その返信のメール(22日)にはこう書いてありました。
養生最優先でお願いします。
明日も不確定でしょうから、今週一杯(日曜日深夜まで)と致しましょうか。
異議がなければ返信は無用に…。

 「異議がなければ返信は無用に」と書いてありますが、私は敢えて返信をしました。「『文案は予めお見せ頂く必要はありませんが』というのは事前に見せるかどうかを試したんだ」と言われた前例をふまえてのことです。
 そこに、こう書きました。
 ご配慮感謝いたします。そのようにさせて下さい。
 「異議がなければ返信は無用」とありますが、先日の会話内容を踏まえて敢えて返信をさせていただきました。

 これに対して、今朝(24日)メールが来ました。
返信は歓迎だが、
下記も一種のアピール(貴君には意味があっても)。
わざわざ記す必要は無い(相手にとっては気分はよくない)。
そろそろ正しい意味で「いい加減に」願いたい。

 「先日の会話内容を踏まえて敢えて返信をさせていただきました」と書いた部分が感情を害したようなのですが。

 いい加減にしろ、というのはこちらのセリフだ。
 喧嘩を売っているのはどちらの側なのだろうか。
posted by 為栗 裕雅 at 08:27| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月22日

年を取るということは

 年を取るということは
 屈辱に耐える力が失われてくるということなのだなあ。
 「柔軟性の喪失」と言い換えてもいいが。

 年を取るということは
 明るい未来が失われてくるということなのだなあ。
 「大人になる」と言い換えてもいいが。

 年を取るということは
 肉体の張りが失われてくるということなのだなあ。
 「先祖返り」と言い換えてもいいが。

 人間はいつか必ず死ぬというのなら
 面倒だからさっさと迎えに来てくれよ。
 そうでないなら
 年は取りたくないなあ。
 ほなさいなら。
posted by 為栗 裕雅 at 17:14| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月19日

悲運な「父の日」の朝に思う

 今日は「父の日」なんだそうですね。と男の私から言われてしまうくらい、父の日というのはマイナーな「××の日」です。この手の記念日は色々と乱立していますから(たとえば、7月10日「納豆の日」など)、埋もれてしまっているのでしょう。私の場合は、日常生活の中で父親を想起する機会が少ないせいもありますし、自分が「父」になることは多分ないだろうと思っているせいもあります。
 それにしては「母の日」ってメジャーだよなあ…。

 さて、枕元で毎朝目覚まし代わりにラジオを流している話を以前しました。
 この局では、日曜日の朝は7時半まで中年女性DJによる生番組。その後、昼まで録音番組が30〜60分単位で続きます。その一番初っ端は、某女性シンガーソングライター(名前を聞けば誰でも知ってる人だと思います)の番組です。
 この女性が今朝番組の冒頭でしゃべったことが、引っかかってしょうがありません。いわく、彼女は父の日に食器をプレゼントしていて、それは母の日の贈り物とお揃いなんだそうです。要するに、買ってきた夫婦茶碗をバラして母の日と父の日に分けてプレゼントするようなイメージですね。
 そこまでは良い。今年の父の日のプレゼント、彼女は「面倒くさいので、母の日に一緒に送ってしまった」んだそうです。

 脳が半分眠っていて、その状態でいきなり耳に飛び込んできたからかもしれませんが、私はなぜかここが非常に引っかかりました。母の日にはちゃんと贈り物をするのに、父の日が面倒くさいってどういうこと?
 理屈で考えれば、別に不自然なところはありません。この女性が父親を大事にしていないわけでもないと思います。にもかかわらず、なぜかこの部分には妙に反発を覚えました。

 私の従兄弟は4歳年上でしたが、おととし亡くなりました。母親の実家(というより伯母の家)に行くと、2世帯住宅の上の階から4人の娘がドタドタと駆け下りて歓迎してくれます。父親と同じ年恰好の男性で、しかも私はこの子たちの相手を面倒がらずにやってますから、4人の遺児たちはよくなついてくれているようです。
 父の日の「過ごし方」は父親がいないなりに構築しているでしょうが、この子たちは、父の日に父親に贈り物をしたくてもできません。この子らがこの番組を聴いたら、どう思うだろうか。少なくとも私は、4人の遺児たちにここの部分は聴かせられないと感じました。

 「父の日」のいわれを調べてみると、次のようにありました。やはりマイナーな運命を背負っているようです。
6月の第3日曜日。恥ずかしがらず感謝の気持ちを伝えましょう。
<父の日のいわれ>
母の日があって父の日がないのはおかしいということで、アメリカの一夫人が男手一つで育ててくれたお父さんに感謝するパーティーを開いたのが始まりです。その後1934年に父の日委員会が結成され、母の日にならって6月の第3日曜を父の日に制定しました。
日本で一般的な行事になったのは昭和28年(1953年)から。
(http://www.echizenya.co.jp/mini/colum/father.htm)

 上記出典は「越前屋」という大阪・豊中の仏壇屋さんのサイトです。「暮らしのミニ知識」というページがこまごまと参考になります。そういえば明後日は夏至らしいですよ。

 父の日、実家に電話1本入れるわけでもない私が、何をエラそうにほざいているのですかね。こういうのを「厚顔の美少年」というわけです。
 ほなさいなら。
posted by 為栗 裕雅 at 09:00| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月09日

ワールドカップを嗤う

 また物議をかもしそうなタイトルを掲げました。

日本、北朝鮮下し3大会連続W杯出場
 【バンコク8日共同】サッカーのワールドカップ(W杯)アジア最終予選B組は8日、2試合を行い、当地のスパチャラサイ国立競技場での北朝鮮―日本は柳沢(メッシーナ)の先制点などで日本が2―0で勝ち、3大会連続のW杯出場を決めた。
(http://sports.nikkei.co.jp/soccer/jpn/full/index.cfm)

 目覚ましとして朝6時55分からラジオが鳴るようにしてあります。つけている局がFMナックファイブ(さいたま市)ですから、時間帯(=誰がDJであるか)から考えて今朝どんな番組内容だったかは容易に想像できると思います。私がテレビを持っていないのと、夕べ疲労感が強くて10時過ぎに床に入ったのとで、日本のW杯出場を知ったのは、朝のラジオが初めてでした。
 W杯に関しては、それで十分だと私は思っています。もともと「体育もの」の動向に関心が薄いことに加えて、「世の中の大勢」に無批判に流されていくことの不快さを強く感じるからです。今回は特に、昨日ドーナツ屋で隣の席の女子高生(まともな家庭の子女らしい)がW杯の話題で盛り上がっていたことと、JRの尼崎事故について一連の「JRバッシング報道」を思い出したことが、直前の印象としてあげられます。

 今回のタイトル「ワールドカップを嗤う」は、信濃毎日新聞の主筆だった桐生悠々(1873〜1941)が信毎の社説として1933(昭和8)年に書いた有名な一文「関東防空大演習を嗤う」から採りました。桐生はこの社説で軍部の怒りを買い、信毎主筆の地位を追われることになります。リンク先を一読してみて下さい。私にはどう読んでも桐生の文がおかしいとは思えないのですが、軍部が世を牛耳っていた時代は、こういう批判すら封殺される時代でした。その結果が、大空襲と原爆投下と敗戦であったわけです。私は、昨夜から今日にかけてのW杯も、尼崎事故でのJRバッシングにも、その他もろもろにも、似た傾向を感じて恐怖感にかられるのです。

 信濃毎日といえば、私はかつて、ここの入社試験を受けたことがあります。
 唐突に話が「あさめぐ」(あさひ銀行めぐり)に飛びますが、1998年6月20日、私は長野支店と松本支店の2店を制覇しました。実はこれは信毎の入社試験で長野に行ったついででした。
 試験科目は英語・一般教養・作文でしたが、睡眠不足のせいで筆記試験はボロボロでした。作文は一応私が得意だと思っている分野で、1000字・制限時間70分のところ、いちおう50分程度で書き上げています。テーマが指定され、それをもとに題を自分で決めて文章を書く方式。このとき書いた作文は、大学の就職課勤務の友人にチェックしてもらうべく、東京に帰ってすぐ答案作成時のメモをもとに復元しました。それが手許に残っていますので、ついでにご披露しましょう。

信濃毎日新聞社 1999年4月入社試験(1998年6月20日実施)
テーマ「共生」または「共に生きる」
題「共生」

 世に「共生」という。その多くは、外国人など、自分とは異なったカルチャーを持つ人々と一緒に社会生活を送るような「異質のものがモザイクのように“共存”して生きていく」という、どちらかといえば肯定的なニュアンスで使われているようである。しかし、共生とはそんなに良いものであろうか。
 昨日散髪に行って、床屋のマスターと作業台の上でしゃべっていた。私は、今巷で盛り上がっているワールドカップに関心がない。と言うより、「体育もの」の試合の動向に魅力を感じないのである。というわけで私は「後でスポーツニュースを見れば、何時間も試合中継に釘付けになることもないじゃないですか」と自説を開陳した。スポーツ観戦の好きな、つまりその意味では「普通の人」であるマスターは、ひどく呆れ返っていた。行きつけの床屋で、私がへそ曲がりな人間であるのをよく知っているマスターが相手であればこそ、私はこういうことを平気で言うし、また「為栗さんってへそ曲がりですね」と言われても気にせず笑い飛ばせる。お互いに相手を知っているからこそ、二人は喧嘩せずにやっていけるのである。もしこういうことを、全く初対面の人に言ったらどういうことになるか。恐らく「変な奴」として、相手にされなくなるのがオチであろう。
 このように、考え方の異なる他人とこの社会で波風を立てずに暮らしていくためには、「理解」と「我慢」が必要である。異質な人が自分とはどのような点で異質なのかを知り、かつ自分の感性に合わない部分は我慢するということが求められるのである。その異質さの度合いが、軽微なうちはよいが、ずれが大きくなってくると、異質なものを理解することも我慢することも困難になってくる。ストレスの発生である。
 「共生」という言葉をもてはやすこの社会は、理解と我慢とを「強制」する社会でもある。現代人は、否応なしに「社会的な生活」をさせられている。そして、社会に適応するために「させられて」いることが、何と多いことだろうか。社会に適応しようとしすぎた結果、ノイローゼになる人が出てくるのもうなずける。私は現在のところ、辛うじてノイローゼにはならずに済んでいるが、これも今後どうなるかわかったものではない。それとも、社会に適応することなど考えず、いっそのことキレてしまったほうが、却って幸せなのかしら。

 ちょうどこの頃にも、ワールドカップで盛り上がっていたんですね。この年のフランス大会では、チケットが足りなくて大騒ぎしていました。
 自分で書いときながら言うのもなんですが、よくこんな根暗な文を書いたものです。「根暗」ではあっても、内容に誤りを含むとは今でも思っていません(末梢的な部分で多少の無理があるのは認めます)。しかし、内容の是非はともかくとして、間違いなく入社試験担当者が想定していた作文ではなかったでしょう。ところが、私がこの時期に書いた入社試験の作文は、おしなべてこんな調子です。就職活動がうまくいかないわけです。ただでさえ氷河期、しかも新卒じゃないのに。

 この文の中に、私の「体育もの」に対する位置づけもはっきり出ております。「後でスポーツニュースを見れば、何時間も試合中継に釘付けになることもない」。昨夜から今朝にかけての私は、まさにそれでした。
 信毎の社説「関東防空大演習を嗤う」をもじった「ワールドカップを嗤う」というタイトル、その内容とかつて信毎の入社試験で書いた作文。妙に一致しているなあ、というのが今日のエントリの個人的動機でした。

 最後に。「日本が北鮮を下した」ことだけは、素直に喜んでいます。念のため。

 ほなさいなら。
posted by 為栗 裕雅 at 10:55| 東京 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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