2009年01月03日

新連載「りそめぐ2008夏 『近畿大阪めぐ』スタート記念 片町線・京阪線沿線25店完全制覇」のお知らせ

 みなさん、こんばんは。
 2009年最初の記事です。喪中につき新年のご挨拶はご遠慮申し上げますが、今後ともよろしくお願いいたします。

 さて、ブログ「MEGU」で、1月1日(木)18時から新連載を開始しています。
 去る7月22日に新たに「めぐ」が始まった、近畿大阪銀行の第1回「めぐ記」です。今回ご紹介するのは、2008年7月22〜23日に、大阪府のJR片町(学研都市)線および京阪電鉄の沿線で25店の制覇活動を行った記録です。
 今回は400字詰原稿用紙で280枚程度、回数は現時点では50回の予定です。例によって1日1本のペースでダラダラと掲載していきます。多少の脱線もありますが、最後までお付き合いいただけましたら幸いです。

 下の写真は、記事で掲載した写真の一枚です。一富士・二鷹・三ナスビといいますが、そのうち「一富士」だけ提供させていただきます。あとは各自でお探し下さい。

20080722-03_Kinai-Fujisan.jpg
posted by 為栗 裕雅 at 21:14| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 告知板 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月15日

新連載「りそめぐ2007晩秋 関西デハナク近畿」のお知らせ

 ブログ「MEGU」で、9月6日(土)から新連載を開始しています。
 「関西デハナク近畿」といっても、残念ながら7月の「近畿大阪めぐ」のことではありません。こちらについても連載の準備を鋭意進めておりますが、今回ご紹介するのは、諸般の事情により掲載が延び延びになっていた2007年11月のめぐ記であります。昨年11月26日(月)〜28日(水)に、大阪・京都・兵庫・奈良・三重・愛知の各府県で25店の制覇活動を行った記録です。
 今回は400字詰原稿用紙で270枚程度、あとがき等も含めた回数は「59回」の予定です。例によって1日1本のペースでダラダラと掲載しております。多少の脱線もありますが、最後までお付き合いいただけましたら幸いです。
posted by 為栗 裕雅 at 20:49| 東京 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | 告知板 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「第四めぐ2005」記事移転のお知らせ

 「第四めぐ2005」のカテゴリに掲載されていた記事は、ブログ「MEGU」に移動しました。
 移動先はこちらです(「MEGU」でのカテゴリ名称は「第四めぐ 2005年」となっています)。

 2008年1月3日付「ブログ内での記事再編について」で告知したとおり、ブログのコンセプトと記事内容との齟齬を解消するため、私が管理する複数のブログ内で記事の再編を行ったものです。「第四めぐ2005」の記事は、第四銀行の店舗をハシゴした体験記のうち2005年に執筆したもの(「MEGU」の設置以前に掲載したもの)です。「遊牧民のゴタク」は個人的エッセイに特化するつもりのため、今回移動対象となりました。

 記事の移動に伴い、道中撮影した写真を(わずかですが)新たに掲載しました。これを機会にご再読いただければ幸いです。
 なお、いただいたコメント/トラックバックも、そのまま移動しております。
posted by 為栗 裕雅 at 20:39| 東京 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | 第四めぐ2005 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月30日

夏の葬式(その2)

 かねて闘病中であった母方の伯父が亡くなったと、先ほど連絡がありました。
 7月頭に祖母が亡くなったばかりなのですが、葬式というのは続く時には続くものです。

 というわけで、私はまた関西に旅立つことになります。7月の末に「近畿大阪めぐ」で行ったばかりですけれども。

 繰り返します。葬式にはもう飽きました。
 ほなさいなら。
posted by 為栗 裕雅 at 09:41| 東京 雨| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月05日

夏の葬式

 このブログに随分長いこと書いていない気がしまして、ひさびさに書きます。前回は(告知以外の純粋な内容としては)昨年9月でした…。

 長いこと特養老人ホームで暮らしていた母方の祖母が、3日亡くなりました。95歳でした。
 今回亡くなった祖母には、私を含めて7人の孫がいました。「100歳」まで生きられなかったのは、私が数年寿命を縮めたせいもあるでしょう(幼少期に随分苦労をかけましたので)。
 大台乗せこそしませんでしたが、それでも大往生であったようです。年齢的にも、95歳まで生きられて良かったのではないかと思います。ここ数年間で、私と同年代の従兄が2人亡くなっていますので。

 というわけで、葬儀で京都に行ってきました。すっかり「時間を金で買う」ようになってしまって、往復とも新幹線でした。つい最近まで夜行バスとか普通列車の移動に慣れていたので、新幹線という「飛び道具」のスピードの速さに驚きました。往路で徹夜明けに品川から「のぞみ」に乗って、ちょっとうたた寝したと思ったらもう京都でしたから。
 新幹線で着いて、すぐさま告別式→火葬→初七日。一晩泊まって5日の夕方にはもう自宅に戻っています。復路は「ひかり」でしたが、着席して母親と喋っていたらあっという間に名古屋に着いていてびっくりしました。

 葬式にはもう飽きました。
 ほなさいなら。
posted by 為栗 裕雅 at 19:00| 東京 晴れ| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月18日

新連載「りそめぐ2008冬 人命の重さと意味を考える」のお知らせ

 みなさん、おはようございます。
 ブログ「MEGU」で、3月20日(木)から新連載を開始します。
 本連載は、1月18日に埼玉県東北部の埼玉りそな銀行5店舗をハシゴした体験記です。今回は400字詰原稿用紙で60枚程度、11回とコンパクトな連載で、あとがきも含め3月一杯で完結します。
 例によって、1日1本のペースでダラダラと掲載していきます。多少の脱線もありますが、最後までお付き合いいただけましたら幸いです。

りそめぐ2008冬 人命の重さと意味を考える

 新連載「りそめぐ2008冬 人命の重さと意味を考える」のお知らせ(2008.03.18)

 2008.01.18(金)
  1 プロローグ 人命の重さと意味を考える
  2 久喜支店
  3 久喜支店のルーツを探る
  4 久喜駅前出張所とサリアビル
  5 久喜から動物公園へ
  6 宮代支店
  7 杉戸支店
  8 拓銀杉戸支店のこと
  9 幸手支店
  10 とても長かった2駅
  11 栗橋支店、そしてテラへ
 あとがき
タイトルは仮題です)
posted by 為栗 裕雅 at 23:59| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 告知板 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月05日

連載「りそめぐ2007秋 『埼玉県民の日』に埼玉県内をめぐる」のお知らせ

 みなさん、こんにちは。
 ブログ「MEGU」で、1月18日(金)から連載をしています。
 今回は、11月14日の「埼玉県民の日」に、埼玉県西部〜北部を中心にりそな・埼玉りそな銀行の15店舗をハシゴした体験記です。本当はきり良く14日から始められればよかったのですが、予想外に難渋してしまいました。
 分量は400字詰原稿用紙で150枚程度。例によって、1日1本のペースでダラダラと掲載していきます。お付き合いいただけましたら幸いです。

りそめぐ2007秋 「埼玉県民の日」に埼玉県内をめぐる

 新連載「りそめぐ2007秋 『埼玉県民の日』に埼玉県内をめぐる」のお知らせ(2008.01.15)

2007.11.14(水)
−2 プロローグ「県民の日」とは何か
−1 めぐの計画を立てる
 0 日没と小鹿野をめぐる難問
 1 急遽、東京都で1か所増やす
 2 東村山市とりそな銀行
 3 さらば東村山、おはよう所沢
 4 タワービルが林立する所沢旧市街
 5 りそなグループと所沢市との関係
 6 一大痛恨事発生
 7 ショックの中、小手指支店へ
 8 区画整理の進む武蔵藤沢
 9 9時、入間支店に入る
 10 かつて入間市に「道徳銀行」ありき
 11 一か八かの大勝負
 12 とりあえず取ったものの…
 13 リカバー成功
 14 我が取引店、飯能支店へ
 15 西武池袋線が「西武線」になった理由
 16 満州と放出
 17 せわしない食事を終えて
 18 秩父支店を再訪
 19 小鹿野への道
 20 小鹿野支店を再訪
 21 小鹿野に未練を残しつつ
 22 山間部であえぐ(?)皆野支店
 23 荒川に沿って平野に出る道
 24 変わりがたきものを変える、ということについて思いつつ
 25 静謐な城下町・行田へ
 26 キャバクラ、ファミレス、そして銀行
 27 経済の中心地だった忍
 28 『田舎教師』のふるさとを行く
 29 いよいよ最終目標へ
 30 さらに熊谷市へ向かう
 31 熊谷支店制覇、15店の制覇完了
 あとがき
posted by 為栗 裕雅 at 14:28| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 告知板 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月03日

ブログ内での記事再編について

 私は、公表していないものも含め、ブログを4つ運用しています。これらはいずれも設置してから相当の年月が経過したため、ブログのコンセプトと記事内容とがマッチしていないものが見受けられるようになりました。
 そこで、新年を機に、これら複数のブログ内で記事の再編を行うことにいたしました。

 第1弾として、「遊牧民のゴタク」に掲載されている「第四めぐ2005」のカテゴリを、まるまる「MEGU」に移動します(「MEGU」でのカテゴリ名称は「第四めぐ 2005年」とします)。2005年に新潟県内で第四銀行の店舗をハシゴした体験記で、「MEGU」の設置以前に掲載したものですが、「遊牧民のゴタク」は個人的エッセイに特化するつもりのため、今回移動させます。
 移動には数日かかる見込みです。ただ移動するだけでは面白くないので、道中撮影した写真をわずかですが追加します。これを機会に再読いただければ幸いです。

 これ以外のいくつかについては、内緒で動かします(^^;)

【2008.09.15追記】「第四めぐ2005」の記事移動が完了しましたので、移転告知の記事1本を残してカテゴリ内の全ての記事を削除しました。移動先はこちらです
posted by 為栗 裕雅 at 17:52| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 告知板 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月31日

謹賀新年2008

 まだ2時間半ほど早いですが、フライングで「あけましておめでとうございます」。
 為栗裕雅および「遊牧民の窓」を、2008年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 ブログに記事を書いている余裕があまりないので、とりあえず生存のご報告です。ほなさいなら。
posted by 為栗 裕雅 at 21:30| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月11日

うん子、おしっ子、ちん子…

 扇情的な(?)タイトルを掲げました。まずは以下の新聞記事をお読み下さい。

20071011-1.jpg

 世も末だと思います。もちろん、学校だよりに「うん子」と書いた校長が、ではなく、こんな下らないことで盛り上がっている神奈川県が、です。

 こうしたことに目くじらを立てるのを、揚げ足取りといいます。神奈川県で教育に携わる人たちは、子どもが挨拶一つできないことに問題意識を感じていないのでしょうか。
 私は、神奈川県内の学習塾講師をして生計を立てていたことがあります。授業は会社の方針で「気をつけ」「礼」で始めることになっていましたが、私は少しでもおろそかにする生徒がいれば何度でもやり直しをさせました。たとえ授業時間が削られることになってもです。挨拶はそれだけ大事なことだと思いますし、幼少期にきちんと身につけていないと大人になってからでは習慣になりません。民間でもこの程度の問題意識は持っています。
 「挨拶は大切だ」という真理すら、今の日本社会ではコンセンサスになっていないのです。このことに戦慄を覚えます。

 本件を伝えた複数の新聞記事を読む限り、校長の文で本当に言いたいことは「挨拶の大切さ」ということに尽きると思います。言葉尻だけを拾って「うん子」「どついたろか」を問題にするというのは、どういう背景があるのでしょうか。「どついたろか」にしたって、「という気持ちになってしまいます」ですから、実際に「どつく」わけではないのです。
 しかも、横浜市議会はそんなにヒマなんでしょうか。「決算特別委員会」だそうですから、他に大きな議題があったはずです。それでも「そのとおり、挨拶は大切だ」という形でこの学校だよりを取り上げたなら、まだ救いがあったと思います。これでは「ためにする」批判にしかなりません。
 おそらく、色々と政治的な背景があるのでしょう。想像するに、本件を追及した議員が公明党だったことからして、この校長は共産党系ではないでしょうか。それ以外に、こんな些細なことが議会で槍玉に挙げられる理由は思いつきません。(仮定が当たっていれば、それゆえにこの校長は迂闊だったと思いますが、脇に置きます。)

 もう一つ。子どもだけでなく、議員も子どもの親も、知的水準が下がってきていると思います。これも塾時代の経験ですが、授業でわざと幼児語を使った時、成績上位のクラスではこれが冗談だとまだわかってくれますが、下位クラスで「変な言葉遣いをしないで欲しい」と真面目に抗議されて唖然としたことがあります。冗談が通じない、レトリックが通じない…。言葉遊びは一定の知的水準がないと無理なんでちゅね。

 校長が共産党系と決まったわけではないのですが、一応お断り。私は、中学時代に個人的に発行していた新聞で、地元の自衛隊駐屯地で行われた「自衛隊まつり」を好意的に取り上げたことを契機に、共産党員の教師から徹底的にいびられた過去があります。従って共産党に対しては嫌悪感を持っているのですが、本件は是々非々という観点から擁護しました。

 ま、俺もあと20年くらいでこの世からおさらばさ。ほなさいなら。
posted by 為栗 裕雅 at 18:27| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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